日本の電気の不思議。
なぜ、東西で周波数が違うのか ?2024.11.29
「東京から大阪へ引っ越すと、使えなくなる家電製品がある」。そんな話を聞いたり、実際に体験したことがある人もいるのではないでしょうか。その理由はご存知の通り、東日本と西日本で使用している電気の周波数が違うからです。ではなぜ、同じ国の中で周波数の異なる電気が使われているのでしょうか。今回は、電気利用の歴史を遡りながら、世界でも稀な日本独自の電気事情について改めて紹介していきましょう。
約 130 年前から続く、東西の周波数問題
現在、日本で使われている電気の周波数は、東日本地域が 50Hz、西日本地域が 60Hz です。この区分が決まったのは明治 28 年 (1895 年 ) のことですが、実は、それ以前の日本ではさらに多くの周波数が使われていました。
電気の歴史を振り返ってみると、世界で初めて発電の原理 ( 電磁誘導 ) を発見したのはイギリスの物理学者マイケル・ファラデーで、1831 年のことでした。その後、トーマス・エジソンやニコラ・テスラなどの発明家たちが実用的な発電装置を開発し、1880 年代には欧州や米国で大規模な発電所が建設され、都市に電気が供給されるようになりました。しかし当時の電気は、発電装置によって周波数が異なり、高周波数の 133Hz から 40Hz や 25Hz など、さまざまな種類がありました。
その頃、日本でも各地に電気事業者が誕生し、個別に海外製の発電機を輸入して電力供給を始めたため、国内に多くの周波数が混在する事態となりました。当時日本で使われた周波数には 50Hz、60Hz、125Hz、133Hz があったそうです。
しかし電気の利用が広がり、広範囲に電力網を構築しようとすると、周波数の混在は非常に不効率な問題となりました。そこで欧州各国では 50Hz、米国では 60Hz へと徐々に統一されていったのです。ところが日本では、東京電灯会社 ( 現・東京電力 ) が、ドイツ製の発電機を使っていたことから、東日本エリアは50Hz への統一が進み、大阪電灯が米国製の発電機を使っていたことから西日本は 60Hz に統一され、東西で分かれたまま現代に至っているのです。
50Hz と 60Hz の境界は、ほとんどが県境ですが、新潟県では糸魚川市付近、静岡県では富士川付近が境になっていて、同じ県内でも周波数が異なっています。
国内で周波数が違うのは世界でもレアケース
このように、国内で電気の周波数が異なるのは世界的に非常に珍しいことで、日本のほかにはサウジアラビアくらいしかありません。そのほかの国は、ほぼ 50Hz か 60Hz に統一されています。
このため、昔から何度となく周波数を統一する議論が行われてきましたが、統一するとなると、どちらかの地域の電力会社各社が大規模な設備交換や新設を行う必要があります。また、周波数が変わると使えなくなる電気機器があるため、工場や一般家庭も含めて需要者側での負担も大きくなり、膨大な費用と時間がかかることから実現しませんでした。60Hz と 50Hz の境界が日本のほぼまんなかであり、どちらを変えるにしても大きなコストと時間がかかってしまうことも理由のひとつです。
もうひとつ、日本独自の電気事情として有名なのが、一般家庭に供給される電圧の低さです。日本では100V ですが、欧州や南米のほか、アフリカ諸国、韓国、中国でも 220~240V が一般的で、日本と同じ 100V は他国ではほとんど使われていません。
日本が 100V を採用している理由は、万が一感電した場合、電圧が低い方が人体への衝撃が少ないなど、安全性を考慮しているからだと言われています。
東日本大震災をきっかけに、再燃する周波数統一議論
こうした周波数の違いが大きなデメリットとして注目を集めたのが、2011 年の東日本大震災でした。東日本では、多くの発電所が被災して電力不足に陥りましたが、周波数が異なるため、西日本の送電網から十分な電力を融通してもらうことができなかったのです。結果的に、計画停電や大規模な節電要請が発出され、不自由な日々を過ごすことになりました。こうした状況に備えて、長野県と静岡県に 3 箇所の周波数変換所が設けられていましたが、震災時の想定を超える電力不足を補うことはできなかったのです。このため、周波数統一の議論が再燃しましたが、やはり膨大な費用と期間がかかることから現実的ではないと判断され、周波数変換所の増強や新設が進められることになりました。
一方で、国内で周波数が異なることがメリットにつながることもあります。電力供給は、つねに供給と需要のバランス調整が必要ですが、消費する電力が大きくなると制御が難しくなり、一度トラブルが発生すると広範囲に停電が連鎖してしまうことがあります。2003 年にはカナダでの送電線のショートをきっかけに、ニューヨークを含む北米エリアで約2日間にわたって停電する大事故が発生しました。アメリカとカナダは電気の周波数が同じで電力網もつながっているため、需給バランスの乱れが広範囲に影響を及ぼしたのです。ヨーロッパでも 2006 年にドイツで発生した停電が連鎖して 11 カ国が停電したことがあります。日本の場合は、周波数の違いによって電力網が分かれているので、このような予期せぬ大規模停電は避けることができます。
そもそも、なぜ交流で送電するのか ?
ここまで読み進めてきて、ひとつ疑問に思われた方もいるかもしれません。電気の周波数の違いが問題になるのは、電気を交流で送電しているからです。なぜ直流で送電しないのでしょうか。直流なら周波数の違いはありません。
実はこの問題は、発電システムが発明された当時から、「交直送電論争」として大きな議論になっていました。送電を直流で行うべきか、交流で行うべきか、エジソンらを中心に激しい論争が巻き起こりました。
先に普及していたのは、エジソンによる直流の発電機と直流の送電システムです。当時の電気利用の中心だった白熱電球に適したシステムで、米国の標準方式となっていました。ちなみに、日本で初めて東京電灯会社 ( 現・東京電力 ) が東京・銀座の夜を白熱電球で照らした発電も、エジソンが発明した直流発電機を使用した直流送電だったそうです。
しかし、ジョージ・ウェスティングハウスとニコラ・テスラが交流送電を開発したことから、両者の戦いが始まります。結果的には、送電ロスが少なく、送電設備のコストも抑えられる交流方式に軍配が上がりました。交流の最大の利点は、電圧を自由に変えられる点です。電気の送電は、電流値が低いほど熱による損失が少なくできます。「電力=電圧 × 電流」なので、発電した電気の電圧を高くすることで電流値を下げることができ、効率よく送電できるのです。
周波数が変わると使えない家電は ?
最後に、引っ越しの時に気をつけるべき家電製品をおさらいしておきましょう。最近では 50Hz・60Hz のどちらでも使用できるヘルツフリーの製品も多く登場していて、「50/60Hz」と表示されていれば、どちらの地域でも使用できます。ただし、洗濯機、乾燥機、冷蔵庫、電子レンジ、蛍光灯は、必ず周波数の確認をしましょう。定格周波数が「50Hz 専用」「60Hz 専用」と記載されている製品は、異なる周波数で使用すると故障したり、火災などの原因になることもあります。また、冷蔵庫、ドライヤー、扇風機、空気清浄機などのように、どちらの周波数でも使えるものの性能や消費電力が変わる可能性のある製品もあります。
最近では、周波数変換技術の進化も進んでいることから、100 年以上続いてきた周波数問題も、近い将来、解消されるかもしれません。また、再生可能エネルギーを活用したマイクログリッド(小規模な独立電力網)が普及すれば、周波数統一の必要性がなくなるかもしれません。私たちの暮らしを支える発電と送電の未来がどうなっていくのか、これからも楽しみに見守りたいものです。
※出典・参考文献
世界の電圧・電源プラグ
https://www.denshi-trade.co.jp/documents/acplug/voltage-plug.html