その昔、電気は神様だった。
夏に知りたい雷の話。2024.07.31
一天にわかに掻き曇り、怪しい風が吹き始めると、夏の風物詩でもあるかみなり様の登場です。その正体が電気であることは分かっていても、空を裂く稲光と轟くような雷鳴は、まさに人智を超えた神様の所業のようであり、古来からさまざまな神話や言い伝えが残されています。今年もいよいよ雷シーズン真っ只中。意外と知られていない雷の楽しい話題を紹介しましょう。
日本だけではない、世界中にいるかみなり様
数ある気象現象の中でも圧倒的な迫力をもつ雷。昔から畏怖と畏敬の対象であると同時に、「かみなり様」と親しみをもって呼ばれるように、人の暮らしに身近な存在でもあります。
雷( かみなり) は、「神鳴り」を語源とし、文字通り「神が鳴らす音」と考えられていました。かみなり様と言えば、国宝の「風神雷神図屏風」に描かれているように、鬼のような姿で太鼓を打ち鳴らしている雷神の姿を思い起こす人も多いことでしょう。さらに歴史を遡ると、古事記や日本書紀にも、建御雷神(たけみかづち) や、火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)をはじめさまざまな雷神が登場します。また、乱暴者で暴風雨を司る神である須佐之男命( すさのお) も、その力強さから雷神の一人とされています。
このように、雷を神様と考えるのは日本だけではありません。世界各国にはさまざまなかみなり様が存在し、最も有名なのはギリシャ神話における全知全能の神・ゼウスでしょう。ゼウスは天空神として、全宇宙や雲・雨・雪・雷などの気象を支配し、手に持った雷霆(ケラウノス)という武器から強力な雷を放ちます。その威力は世界を一撃で熔解させ、全宇宙を焼き尽くすことができると言われるほど凄まじいものでした。さらにインドやネパールの「インドラ」、北欧の「トール」、フィンランドの「ウッコ」、エジプトの「セト」など、各国にはさまざまな雷の神様がいて、みな強大な力をもち天空を司る神として祀られています。
少し変わったところでは、中国には夫婦の雷の神様がいます。夫の「電公」は、悪事を犯した者に雷を落とし、雷鳴を響かせ、妻の「電母」( 閃電娘娘) は手に持った2 枚の鏡を交差させて雷光を生み出し、片方の白い光が罪人の居場所を照らし、もう片方の赤い光は人間に化けた獣の正体を暴くと言われています。ともに、世の中が安心して暮らせる社会になることを願う神様だということです。
また、日本では人間が雷神になったという言い伝えもあり、その代表格が学問の神様として知られる菅原道真です。菅原道真は頭脳明晰で朝廷に重用されて右大臣にまで出世したのですが、左大臣だった藤原時平に妬まれて九州・大宰府へ左遷させられ、失意のうちに亡くなります。しかしその後、藤原時平をはじめ、菅原道真の追放に加担した者たちが相次いで変死し、さらに醍醐天皇の清涼殿にも雷が落ち、多くの死傷者が出る大惨事となり、ショックを受けた醍醐天皇までもが亡くなってしまいました。人々は一連の事件を菅原道真の怨霊のせいだと恐れるようになったため、菅原道真を雷神( 天神) として祀ることで、怒りを鎮めようとしました。これが太宰府天満宮や北野天満宮創建の由来のひとつになっています。
雷の多い年は豊作になる
このように古来から恐れられてきた雷ですが、面白いことに、日本の稲作と深い関係をもっています。漢字を見ても「雷」は雨の下に田と書き、「稲妻」は、稲の妻を意味します。また、米どころの新潟県魚沼市には「雷土」( いかづち) という地名があります。これはどのような意味をもつのでしょうか。
実は日本では、昔から稲は稲妻の光を浴びることで実を結ぶと信じられていました。日本書紀にも、稲と雷が交わることを意味する、「いなつるひ」という言葉が記されています。地域に伝わる民間伝承にも、「雷の鳴る年は豊作だ」「稲光は一肥やし分ある」といった言い伝えが数多く残されています。とくに田んぼへの落雷は豊作につながるとして、茨城県つくば市の「金村別雷神社」には、農家の人が豊作の祈願に訪れます。実際に田んぼに雷が落ちたときは、落ちた場所に幣束(へいそく)を立てて神事を行っているそうです。
「本当に雷が豊作につながるのか」。そんな疑問に挑戦する研究もいろいろと行われていて、いくつかの説が唱えられています。有力な説のひとつがプラズマが原因だとするものです。落雷の際には大気中に多くのプラズマが発生しますが、これが植物の生育を促すと考えられています。稲の種子にプラズマを照射して育てると、60時間後の発芽率は照射しなかった苗の3倍以上となり、葉の数や根の量も多くなることが実験で確かめられています。
また、落雷によって空気中の窒素が酸素と結びついて窒素酸化物となり、雨に溶けて大地に降り注ぎ、植物の肥料になるという説もあります。窒素は植物の生育に不可欠な物質ですが、地中にはあまり多く含まれていないため、肥料として与える必要があります。ところが、大気の成分は約80% が窒素であり、雷によって大気中の豊富な窒素を植物が肥料として取り込めるようになるということです。
雷の正体を見破ったのは誰か?
雷の正体が神様ではなく電気だとわかったのは、今から約270 年前の1752 年のことでした。アメリカの科学者であり政治家でもあったベンジャミン・フランクリンの考案した凧を使った実験がきっかけです。17世紀~ 18 世紀は電気の研究が盛んになりはじめた時代です。ただし、当時は静電気が中心で、摩擦によって生じた静電気を貯めることができるライデン瓶や、平賀源内が日本で復元したエレキテルなどが発明されていました。
科学者の間で「雷も電気なのではないか」という考えが広がり、フランクリンは、針金を付けた凧を雷の日に揚げて、凧から垂らした系をライデン瓶につないで電気が貯まるか実験する方法を考案しました。狙い通りライデン瓶に電気が蓄えられることがわかり、雷は雲に蓄えられた静電気の放電現象であることが分かったのです。
雷が電気だと分かったことで、電気の研究は一段と進み、1800 年には本格的な電池であるボルタ電池が発明されました。それまでの静電気は、火花が出たり、電気興行師(エレクトリシャン)による手品に使われたり、ピリピリとした感触から医療用に使われたりする程度でしたが、大きな力をもつ雷が電気だと分かったことで研究に熱が入ったのかもしれません。
ちなみに、実際に雷が生み出すエネルギーは当時の人々が想像するよりもずっと大きく、電圧にして約1億V、電流の大きさは約30kA となり、現代の一般家庭で使用する電力の約2 カ月分と推測されています。さらに雷は電気だけでなく熱も発生させ、その温度は30,000℃にも達します。
もしフランクリンがこの事実を知っていたら、雷の中で凧を揚げるような危険な実験はしなかったかもしれません。
雷でエネルギー問題が解決できる?
雷のエネルギーの大きさを知れば、「その電力を有効活用できないものか」と思う人も少なくないと思います。とくに近年では、地球温暖化のためか急激に雷雲が発生するゲリラ雷雨の発生回数が増えています。2023 年の発生回数は全国で93,590 回と、前年に比べて約20%も増加しています。一度雷が発生すると何回も落雷がありますから、これらをうまく活用できればエネルギー問題の解決に貢献できるかもしれません。
ただし、現在の蓄電池では、一瞬で大電流が流れる雷の電気をうまく蓄えることができず、どこに落ちるかわからない雷をどうやって捕まえるのかといった課題もあります。落雷は、雷雲の半径10km 以内であればどこにでも落ちる可能性があり、その場所を正確に予想して蓄電システムを移動させるのは至難の業です。ところが、こうした課題を克服する方法としてNTT グループが開発を進めているドローンを使った方法が注目を集めています。ドローンにワイヤーをつけて飛ばし、落雷を誘発し、そのエネルギーを直接蓄電するのではなく、一旦、空気の圧縮に利用し、圧縮された空気で発電機を回して電気に変える方法です。これなら新たな蓄電池の開発や落雷を追いかける必要もありません。フランクリンの実験に似ているのが興味深いですが、すでに洋上で本格的な実験も開始しているとのことです。
神の所業として恐れられてきた雷が、エネルギー問題を解決する自然エネルギー発電として利用される日がやって来るのでしょうか。そうなれば、かみなり様は怖いものでなく、エネルギーを生み出してくれるありがたい神様になるのかもしれません。
※出典・参考文献
ウェザーニュース かみなり発生回数 https://jp.weathernews.com/news/44939